徒然日記 その123 北京編その1

「ピーピーピー」携帯にセットしておいたアラームが鳴る。まだ朝の5時だ。「さて起きるか。」今日(10月27日)は成田集合8時半、そう生まれて初めての中国本土への旅が始まるのだ。いつもならちょっと慌てる旅行当日だが、パッキングは昨夜寝る前に15分で済ませておいたし、朝シャワーも浴び、珍しくさっぱりすんなりと出掛けることが出来た。
30分前に空港に着くと、一緒に行くDaisukeと上田君は既にカウンターの前に居た。気合が入っているのが伝わるぞ。搭乗手続きも早めに済ませ、さてあと2時間ちょっと。そこで皆で朝御飯とビールを飲んで時間を潰すことに。アルコールも回って来て気分はすっかり中国。北京ダックの事とかあれこれ想像しながらかなり盛りあがってきた。そのままの勢いで飛行機に乗り込み、またビールを頼み、映画も面白そうなのをいっぱいやってたので「何にしようかなー...」しかし、あっという間に「Zzz...」お腹いっぱいだったが更に機内食を平らげ、再び「Zzz...」。
アナウンスがあり、着陸準備が整う頃には中国大陸が目の前に広がり、再び気分がハイになって来た。空港にある建物はどれも戦時中の日本をカラーで見るとこんなだったのではという懐かしい感じがした。しかし空港はなかなか綺麗。漢字だらけだし周りは殆ど同じアジア人なので、あまり異国という雰囲気ではなかったがイミグレイションに並んだとたん、真っ赤な世界!社会主義とか労働とかという漢字が次々とスクリーンに映し出される。警備の人たちもあの深緑の制服を着て威圧的だ。20分ほど並んでようやく審査を受けると、係りの人がスタンプを押し間違え、無表情にもう一度書いて来いと言う。間違えたのかと英語で聞くと、黙って頷く。「おいおい、じゃ、謝れよー。」と言いたかったが、何ぶん初めての土地だし、ここは社会主義国家、怖いことされそうなので止め、また入国カードを書き直し...。ちょっとブルーな気分になったぞー。ようやく外に出ると迎えの人がいない。15分くらい待ち、こちらから人ごみの中を捜しに出かけようやく発見。なかなか日本語の上手な学生だった。自己紹介のやり方を教えてもらうが、発音というかイントネイションがとても難しい。これは苦労しそうだ。
車で30分くらい走ってホテルに着くと、XYZ→Aの末吉くんがロビーで待っていてくれた。彼は北京在住なので中国語もペラペラ、事情通で僕らにとってガイドブック1000冊よりも頼りになる人なのだ。早速彼の所属するスタジオに案内してもらう。そこには何人ものプロデューサーがプロ・トゥールスを前に作業しているプロダクション兼スタジオだった。次の日そこで何かレコーディングすることになっていたので、一人のプロデューサーと早速軽い打ち合わせを始めた。デモテープを聴かせてもらい、僕もコード・チェンジのアイディアを出し大体のイメージを固め終えると、待ちに待った夕食、皆でラムのしゃぶしゃぶを食べに出かけた。途中屋台でラムの串焼きと小さな蛇(姿焼き!)の串焼きも食べたが、蛇はイカのゲソのようだった。ラムしゃぶの店は、噂通り凄い混み様で、人気の程が分かる。お湯も煮立ち、さてお肉か!と思ったら、お店の人がお皿に20cm位の魚を2匹乗せてやって来て、スルリとその魚を鍋に入れ、素早く蓋をし、お皿でその蓋を強く押さえ付けている。何だろうと考える間もなく鍋からお湯の飛沫が飛んだ。中で何かが暴れている。何と、先程の魚は生きたまま茹でられていたのだ!ここで末吉くんからの説明が入る。「新鮮の鮮と言う時は魚と羊と書くでしょ、だからこの二つは合うんですよ。」魚は羊肉の出汁としてのみ使われ、最後まで食べられる事はなかった。もしかして西太后の時代にはこんな刑もあったんだろうなーとちょっと怖い想像をしながらも、ラムしゃぶはとても美味しく、1時間後には皆の顔は幸せいっぱい、そしてお腹もいっぱいとなっていた。(続く)


2002年11月11日