徒然日記 その165

札幌で行われたMIX2003、朝8時半に羽田集合というミュージシャン泣かせのスケジュールで、全く眠らずに来たメンバーも何人かいた。9時前には一緒に行く予定の二井原くんと橘高くんからマネージャーの携帯に「間に合いそうにないので途中で車を乗り捨て今電車に飛び乗った。」との連絡が!「この時間じゃ無理、絶対乗れないよ。」と皆が言ってたけど、秒単位の奇跡の乗り継ぎと必死の猛ダッシュにより何とかギリギリで間に合った。二井原くんは、着くなりロビーの真中で裸になり、汗びっしょりのTシャツを着替え、橘高くんはただ黙々とタバコを吸い続ける。それからしばらくはここまでの旅がいかに凄いものだったかを皆に力説。すでにお疲れ様状態であった。
久々の札幌でのLIVEは、ん~残念ながら「やったー!」という気になれなかった...。LIVEは様々な要素が絡み合いながら成立していくもの。これをやれば絶対に成功するなんてマニュアルはない。僕自身もサポート・アクトとして出演したLIVEで、大勢の人にそっぽを向かれた大物メインアクトも見てきたし、僕ら自身も無敵な気分になったり滅茶苦茶落ち込んだり...の繰り返し、それも含めてのLIVEというものか。人生(LIFE)と一緒だものね。「おーし、次は良いものにするぞ!」と。
打ち上げではファンキー、和佐田、二井原組の席に着きラムしゃぶを食べ放題!あんな豪快に肉を放り込み、平らげ、お代わりをしまくる人達を生まれて初めて見た!僕もつられて物凄い量を食べてしまい、後で散々苦しむことに。4バンドの打ち上げはその店でお開きとなったが、何人かは近くの飛び入りが出来るお店で二次会を。音楽好きの人達が集まるその店は2度目かなと思っていたけど、ミツヒロによれば「初めて札幌に来た時からもう何度も来てるよ。」だって。そうだっけ?記憶がとんでる。で、何杯か飲んだ後、僕とファンキーと鮫ちゃんとでブルース・セッションを繰り広げた。途中その店の女の子(シンガー)やバンドのギタリストも参加し、とにかく弾きまくった。ファンキーとは北京でのセッション以来かなー、あの濃い3日間のおかげで、もういつでも完璧にお互いの波長を合わせることが出来る。鮫ちゃんとはCRJの打ち上げの時以来。自由気ままに音を紡ぎ出せて、とても楽しかった。ホントこういうLIVEが皆にも見せられれば良いのにと思うな。そのうち、どっかでやろうか?あくまで飲み会をメインに、興が乗ればこんな感じで演奏したりしてね。


2003年10月16日