ゲネプロを含め、Eちゃんのツアーに出てかれこれ一月が経つ。何だかんだと忙しく、なかなか日記も更新出来なくて申し訳ないです。
話はツアー前に戻るけれど、その頃来日中だったメタリカのラーズが僕の連絡先を捜し出して電話をくれた。最後に会ったのはロンドンのマーキーの楽屋以来だから、もう15年近く経つのかな、ともかく新宿のとある高層ホテルのバーで待ち合わせ、霧に煙る夜景を観ながらワインで乾杯した。
「ロンドンではシルバーライトニングを歌いながら入って来たよね。」と言うと、一緒に来ていたスタッフのスティーヴが「今でも色んな所で歌ってるよ。」するとラーズは、天国行超特急やジェット・ジャイヴを歌い始め、「実はアメリカでスティーヴと一緒にラジ オ番組をやっているんだけど、しょっ中BOWWOWをかけているんだ。この前なんかシグナルファイアのA面を丸ごとノンストップでかけたよ。」と嬉しい事を言ってくれた。 BOWのアルバムは、14才の頃からずっと聴きまくっていて、もしもBOWがメタリカのオープニングアクトをやるようなことがあれば、セットリストは自分に決めさせて欲しいと言う。例えば何を演って欲しいのかなと思い聞いてみたら、僕等がよく選ぶ曲の他に、意外なところでは"レインボウ・オブ・サバス"や"マスト・セイ・アデュー"が。ボトルはあっと言う間に空になり、ワインをもう1本注文。話もどんどん盛り上がって、しまいには「じゃ、今からセッションしに行こう!」という事に!
かなり出来上がってきた僕等は、新宿を後にし、取りあえずラーズ達の泊まっているホテルへと向かった。タクシーの中からメンバーに電話をかけ、べースのロバートを呼び出す。カークはもう寝ていてエレベーターの所でジェイムスとロバートに会った。ロバートは既にソフトケースにべースを入れ準備万端。結局3人で六本木のバウハウスに向う。
店に着くや否やステージに上がり、ロバートが弾き出したフレーズに僕が合わせるとラーズもすぐに反応する。結局何の取り決めもなしに15分位思いっきり演奏し、たまたま来ていたお客さん(ごく少数)や噂を聞きつけ駆けつけてくれた鮫ちゃん達にやんややんやの喝采を浴びた。セッションはその後も続き、とことん盛り上がったが、僕は翌日から仙台でゲネプロ、メタリカは埼玉スーパーアリーナでライヴがある。僕はほぼ沈没状態、それにも増して最後まで飲みまくっていたラーズは大丈夫だったのだろうか?と、とても心配だったが後日彼から話を聞くと、最高のライヴになったらしい。良かった・・・。
とにかく更なる友情を深め、何から何まで思い出に残る素晴らしい一夜だった。
2003年12月7日