次の日は台風も去り、僕の乗った飛行機は、出雲空港に無事着陸。迎えのタクシーに乗り、出雲弁の運転手さんと世間話をしながら松江市内へ向かう。宍道湖はまだ風があるせいか茶色く濁っていたが、松江に近づくにつれ、色も波も落ち着いてきた。嫁が島の近くのお地蔵さんの頭の上には、昔と変わらず大きな鳶がとまっている。お腹が空いていたのとちょっとした打ち合わせもしたかったので、まずはMGに行く。ドアを開けるといつものあっちゃんの「あ、恭司君、あかえりー」という声。心地よい音楽とイチローの活躍ぶりをTVで観ながらMG名物のカツ丼をあっという間に平らげると「バナジュー(バナナジュース)作ってあげようか?」とあっちゃん。このふたつのメニューが高校時代からの僕の定番だ。満腹になって話をしていると実家から催促の電話がかかってきたので帰ることに。「タクシーは?」と聞かれたが、久しぶりの松江、やはり歩きたい気分。大橋をゆっくり渡り、ちょっとだけ遠回りをして川沿いを通ってみた。陽も照ってきたので水中が透けて見え、魚たちの泳ぐ姿も見える。実家のある町内に入ると、懐かしい家や表札が目に入って来た。その前を通ると不思議なことにもう亡くなったはずのおじさんやおばさんが、若い頃の姿のままで家から飛び出してきた。ランニングシャツ姿の大工さんは、ぼくが持っている写真のままだ。もちろん脳裏にそのイメージが強く浮かんできただけなのだが、映画のワンシーンを観ているような、何とも不思議な気分になった。
家に着き、母の入れてくれたお茶をすすりながら、世間話をしたり昔の写真や切り抜きを見たりしてのんびりと時間を過ごし、懐かしい近所の出前のラーメンも食べて、バンド仲間の飲み会へと向かった。
乾杯するや否や、すぐにブルースセッションが始まる。僕が弾くのは靖人のテレキャスやケンボウのGibson335。アンプはFender。靖人はMad Rockerの相方ギタリストで、渋く鋭いフレーズは高校生の頃からとても大人びていたが、最近は益々凄いギタリストになってきている。お酒も進んで、話も弾み音楽も弾む。歌も歌ってドラムも叩きまくった。ケンボウがその夜の演奏をこっそり録音していたので、後で送ってもらうことにした。リラックスしきってのプレイ、普段とはまったく違うものになっているんじゃないかな。松江を離れて30年も経つのに、いまだ帰るたびに音楽を通じてお互いのことを語り合う。そんな友達との時間は、あっという間に過ぎていった。今度はいつセッション出来るか分からないけど、それこそお爺さんになってもこの楽しい飲み会は続けたいものだ。
2004年10月6日