今回の松江滞在中、家の中で嬉しい発見があった。
僕は常日頃から親の遺伝子が子供に与える影響は相当な物だと思っている。
でも何故僕がミュージシャンとして今こうして活動出来ているのか、自分の両親を見てもなかなか納得いく答えが見つからなかった。父が足踏みオルガンやハーモニカをアドリブを交えながら弾くのが好きだったことは覚えている。でもそれはまあ誰にでも出来るようなことと思っていた。
帰郷初日、両親と三人で晩御飯を食べている時に、何がきっかけだったかは忘れたけれど、家にあるハーモニカの話題になった。母親が言うには「なんか変な音がするようになってもう壊れちょうけん」とのことだった。
翌朝、寝ぼけ眼で居間に入るとテーブルの上に僕や姉が小学生の頃に使っていたハーモニカが二台置かれていた。僕は特別興味も示さず外出し、3時頃に帰って来た。
その後講演から帰って来た父が(なんと90歳と言うのにお爺ちゃんお婆ちゃんの為にどこかの会場で世相について40分の講演をやって来たのだと言う)おもむろにそのハーモニカをケースから取り出すと勢い良く吹き始めた。子供の頃いつも聴かされていた僕の町の子供会の歌だ。思わず「ウワッ懐かしい、その曲!!」と叫んでしまった。しかしどうも半音がクラッシュして聴こえる。「やっぱり壊れているのかな」、そう思いながら僕も数十年ぶりにそのハーモニカを口に当ててみる。そしたら原因が分かった。2段式のハーモニカは上の段と下の段で半音のずれがあったのだ。その仕組みさえ忘れていた。同時にラとシは続けて吸って音を出すということも思いだした。
「上の段だけで吹けばいいよ」とアドバイスするが、それが出来ても耳もかなり遠くなり勘に頼って演奏しているせいか、途中から穴がひとつ左にずれたままだ。メロディや吹き方を思い出した僕は「こうだよ」と言ってお手本を示す。台所から母が「今のは合っちょったよ~」と言う。「だって僕が吹いたけん(笑)」父も意地になって色んな曲を吹き出す。僕もそれに合わせて吹く。持って来ていたレコーダーのスイッチを入れた。
メロディは聴いた事があるがタイトルを知らない曲、春の小川、色んな曲が出てきた。母も小さな声で歌詞を口ずさむ。僕はいつしか父親とセッションしていることに気が付いた。良く見ると父は右足を力強く踏み、ちゃんとリズムを取りながら吹いている。それがかなり正確であることに驚いた。正直とても大正生まれの90歳の老人のリズム感とは思えないものがあったのだ。
その時、僕はこの演奏好きな父の遺伝子が、音楽面においても確実に僕の中に存在するんだとはっきり理解した。
90歳と88歳になる両親、昔と変わらぬ懐かしいハーモニカの音色、今一緒に親子セッションしているという事実、様々な思いが交錯して胸が熱くなった。
しかしこの年齢でいまだに元気いっぱいに講演して回ったりハーモニカを吹きまくる父を見ていると、徒然日記その319にも書いた僕の100歳LIVEも決して単なる夢ではないなと確信出来た。
そしてこっそり録音した父の時折音の外れるハーモニカ演奏も僕の大切な宝物となった。
2010年7月22日